ホーム | 留学備忘録:フリーターからアメリカ大学卒業まで |
|
左記の、B地点のAmblerの学生寮から、 A地点のメインキャンパスまで、バス通学。 どこの国の学生も、朝は弱い。 寝ぐせ、つけて通学する生徒もいました。たまに、寝巻き?のような格好でバスに乗り込む女子生徒も(!?)もぉ、すべてが新鮮。 あ。運転手は、黒人の運転手が多かったような気がします。 陽気に、鼻歌を歌いながら、バスに乗り込む私たちを、横目でちらり.. 乗り込む生徒に、よく話しかけてくる。 早口で、何かを言っているのだが.....たいてい聞き取れない(苦笑) たまに後で気づくのだが、だいたいひとり言であることが多い。 単調なバスの運転、生徒に声かけすることで、毎日を楽しんでいるのか。そんな運転手の気持ちも分からなくもない。 しかし、日本では、そんな文化は通常ないので、バス通学当初は、いつも違和感を覚えました。なんで、「この黒人運転手、こんに馴れ馴れしいの?」.....と。 ある時は、 「え?、今の俺に言ってたの?」みたいな..... こんなことが、しょっちゅう、あったわけです(笑) |
|
学生寮付近のバス停より、カメラのワンショット。 ここが、B地点のAmblerの学生寮(画像右側が寮の別棟) 寮の周りには、野生のリスが生息しているんです。 ここでクラスがあると、 授業中、リスが教室に入ってくることもあるくらいの、 大自然の中で、のびのびと勉強ができるのです。(苦笑) 最寄のバス停は、さらに右側。 こんな分かりにくいショットで、残念... 画面中央が、学食の建てや。殺風景でしょ? そこの食べ物が、また、おいしくない! しかしながら、夜中になると、小腹がすくので、 学食へ行っては、残りパン(残飯?)をくすねてくる。 ルーミー(寮友達)と、皆で、ワイワイ、ガヤガヤ、飢えをしのぐのです。 フフフ....三十路直前にして、 10代の学生連中と、違和感なく、溶け込めてました。はい(笑) |
|
左記はステキな都心部。ここは、A地点のメインキャンパス近郊の風景。 例えて言うなら、埼玉の熊谷から、池袋に出てきた感じかな(笑) 画面中央の、ひときわ目立つ(?)高層ビルの、近辺に... 最初のルームメイトを見つけて、ルームシェアをした、思い出の場所。 確か、15階建てのマンション(1等地!?)の12,3階。 よく、アメドラにでてきそうなステキなお部屋でしたよ....中央の高層ビルてっぺんのアンテナ棒みたいなものが、窓から覗けましたから.... シェアルーム生活初日は、寒い冬の日でした。 フィラデルフィアの緯度は、日本の秋田県辺りと同緯度とのこと。 関東育ちの私にとって、寒さが厳しかったことは言うまでもありません。 |
左記、A地点のセンター街のキャンパス通学も、慣れてきた頃、 私は、新しいルームメイトとのルームシェアを考えていた。 3度目の新居、新天地は、街の中心部から、電車で20分程度、郊外へでるのだが、ルームメイトチェンジ最大の理由は、前のルームメイト:S君 とのルームシェアに限界を感じてのことだった。 S君、超神経質。私は、その正反対のMr.ズボラ....(笑) なにかと、私の些細な行動パターンが、彼を害する様子で、 しかも、私は、格安の家賃負担で彼と同居ときた。(金なかったし...笑) その辺の、私の超セコイところ?の事情が、都心の1等地に暮らす、S君の変なプライド?のフラストレーション蓄積の原因となったようでして.... S君も私を追い出そうと、何かを画策していたのかな... ま、ルームシェアとしては、最悪の気まずい雰囲気を経験致しました...多分(苦笑) ま、私としても、仕事付きの宿であれば、どこでも良かった訳で。 「アルバイトの距離的、労働時間帯の都合を理由に、引っ越す」というこいとで、表向き上はS君を立てるように承諾を得て、S君とは、ルームメイト契約を解除した。 私の知っている人には、同様のケースの場合、黙ってトンズラする輩もいましたが、私は、きちんとスジを通しました。 意外と、私って、大人でした。はい(笑) |
|||
左記が、通勤?通学で、毎日通った最寄の駅。 平日は、学校の授業、週末は仕事の足として。 行きは、7:30頃、帰りは、遅いときは0:00頃まで。 良く利用したものだ。お陰様で、移動距離的に換算すると、定期支払額以上のお得感はあったはず... 苦学の私費留学生ならではの、成せるワザだったのかもしれません。 写真中央に白い乗り物、見えます? トロリー(路面電車)です。確か、この日は、宅配カットキャンペーン、満員御礼日!で、帰宅が遅かった日... フフフ....私って、変な留学生でした(笑) |
|||
※ 交通事情は、Septaでもお伝えしている通りです。 | |||