ホーム 留学備忘録:フリーターからアメリカ大学卒業まで
2007.9開設

ESL(Englsih as a Second Language)


私にとって、ESL学校(英語集中課程)が、初めて、英語交流を体験する場所でした。
ここでは、第二外国(ESL)の、私の留学経験に基づくウンチクです。

「英語の語彙力は、ある程度あるのに、会話交流となると、てんでダメ」、典型的な日本人に多いタイプ。私も、その内の1人でした。


実際のアメリカンスクールでの授業内容とは、
・書物を読んで、自分の考えを発表する場所であり、(speaking, discussion)
・自分の考えを伝えるときは、必ず客観的でなければならない。(logical thinking)

対照的に、
日本の教育現場での授業内容とは、
・静かに板書をとる生徒が、良しとする傾向が強く、(聞くこと、listening)
・いかにして、多くの知識を記憶していくか。(logic の蓄積)

当然、発表や、ディスカッションなどは、授業では少なく。
また、教育とは、本来考えることであるが、
数学にしろ、科学にしろ、知識・公式を詰め込むところに重点を置かれてしまい?
個々の発想や、ひらめき、思考力の稼動を制御してしまうような教育方針が多い。


ま、まともな教育論をココで比較批評するつもりはない。
アメリカンスクールに来て、上記が、最初に思ったことである。
当然、最初は、ロジカル シンキングぅ?.....若干照れ隠しのある、しらけモード。
てか、そんなこと、いきなりできる訳もなく、ましてや、外国語となると、余計にちんぷんかんぷん(笑)

ゆえに、
アメリカンスクールでの、最初の教科書は、幼児用?の絵本(??)でした。
何かで映画化された、「子豚のベイブ?」をパクったようなストーリーで、1ページの大半が絵であり。文字もでかいし。
全ページ、数えても、20ページ弱程度でした。はい(笑) 
もう当時は、授業テキストが、バカらしいのもあったが、外部の友達に、カッコ悪くて言える訳ねーだろ、みたいな...

それが、大学卒業間近のセメスターには、
A4サイズ、30枚程度のレポートを英文で、書いて、その内容のプレゼンも英語でやってしまうという...
多少、先生から、言語サポートのアシストもあったりしますが...(笑) それを、笑いで流せるくらいにまでなったのです。


その代わり、毎学期、毎学期、大変でした(苦)
同じ科目を2回受けたこともありました。先生や、カウンセラー、現地の友達にもお世話になりました。

大学卒業した今でも、やはり、日本的教育を支持派でありますが、
留学生として、アメリカ人と授業を受けるということは、有意義でした。

つまり、留学生は、外国語での授業であり、一方のアメリカ人は、母国語での授業になるわけです。
留学生の、その言語ハンディをクリアして、学問を修めた実績は、何よりも自信となるはずです。



くどいようですが.... 授業はホント大変でした。例えるなら、教育拷問の日々でした。
その厳しさゆえ、単位がとれず、退学勧告されることもあるのです。(確か、必須科目3回以上のF(不合格)判定の生徒)
日本人のアメリカンスクール中途退学者のほとんどは、上記の背景も影響してか、志半ばにして、挫折してゆく人を何人も見てきました。


ま、いろいろな試練を、試行錯誤で乗り越えてきたわけでありまして...
これは、私だけの力だけでなく、いろいろな人に支えられてきたわけでありますよ。はい。

で。アメリカンスクールで得たこと。

英語をキレイに、現地人並に、話せるに越したことはないですが、その必要はありません。
多民族国家アメリカには、それを受け入れるインフラ・環境がきちんと構築されていますし。
ま、語学学習するなら、それは、言語を問わず、生涯学習とするべきでしょう。

残念ながら、
日本では、英語教育を推進しているわりには、英語会話に一生懸命な人を笑ったり、冷やかしたりする風潮があったりします。
単一民族のためか、インフラ整備がまだまだ不十分であり、逆に、やりにくかったりします。

大切なことは、
たとえ中学・高校英語レベルでも、きちんとしたコミュニケーション能力があれば、
アメリカの大学くらい卒業できる語学力はつくということです。私が、証拠です。


あなたの、中高、学生時代に勉強した英語も、バカにできないかもしれません。
その英語力に、プラスアルファの要素を追加しなければならないのかもしれませんが...







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